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2010/05/04 (Tue) 巨大な癒しのシステム

お遍路の折り返し地点、38番金剛福寺に行ったときのことだ。

寺に着いたときは早朝過ぎて門が開いてなかった。
暇を持て余してブラブラしていたら、門の前を掃除していたおじさん
が声をかけてきた。

開門前からヒゲ面でウロつく私が、よっぽど切羽詰った迷える子羊に
見えたのかもしれない。救ってやらねば、と。

しばらく立ち話をするうちに意気投合(?)し、参拝の後に近くの店
で一緒にコーヒーを飲んだ。
職は絵描きさんで、お遍路のポストカードの絵を描いているとのこと。
別れ際にポストカードをプレゼントしてくれた。素敵な絵だ。

後に別の人に聞いたら、お遍路のなかでは結構有名な人だそうだ。
気に入った人にしかポストカードはくれないらしい。なんだか嬉しい。

そのおじさんは毎年GWにだけここの寺にきて奉仕活動をしているが、
以前は心を病み、お遍路をしていたそうだ。
もちろん歩きで、寝袋も持たずに全て野宿で通したというから驚きだ。

そのおじさん曰く、
「お遍路は修行じゃない。癒しにしかならない。本当の修行は日常の
中にこそある。」

全く同感だ。

お遍路は巨大な癒しのシステムではないかと思う。

人の善意に多く触れることができるし、自然の中を歩くことそのものが
癒しになる。日常生活で身に着けた心の鎧が、溶けてゆく。


お遍路さんは、そのほとんどがいい人だが、まれに偏屈な人がいる。

昨日も、善意でしたはずの行為が悪意で返されたことがあった。
私も黙っているほうではないので、やり返してしまったが、すぐ後悔した。
その人の目から、孤独感と寂しさが感じとれてしまったからだ。

お遍路をしているうちに心がほぐれ、ガードが薄くなる為に感情の起伏
が普段より激しくなる。情緒はかなり安定している方なのだが、最近は
コントロールが難しい。

人の感情にも同調しやすくなっている。
その人が笑っていても、その裏にある喪失感やら孤独感を感じてしまう
こともある。

お遍路する理由は人それぞれで、背負っているものも人それぞれだ。
社会からはじき出された人も、偏屈な人も、病んだ人も、立派な人も、
色々な人がいるが、全てを四国は受け入れ、癒しを提供してくれる。
人々の善意と自然とが、どのような傷を持った人にも対応する薬になる。

四国の懐は広い。



絵描きのおじさんは、別れ際に手を振りながら
「もう戻ってくるなよ!」

・・・肝に命じます。



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